資料に見る福生のあゆみ

中世

元亨二年銘 板碑

 福生市内で中世の遺跡は未だ発見されていません。しかし市内の寺社などに中世の供養塔である板碑が残されていることから、この時代人びとの営みがあったことがわかります。現在市内では69基の板碑が確認されています。この元亨二年(1322)銘板碑は、熊川地区の旧家から出土しました。

  • 元亨二年銘 板碑 元亨二年銘 板碑 げんきょうにねんめい いたび 大きい写真を見る

熊川地区出土銭

 平成7年(1995)、市内熊川内出地区で中世の銭貨5075枚が出土しました。最も古いものは唐の通貨「開元通宝」(621年発鋳)で、最も新しいものは琉球の通貨「世高通宝」(1461年発鋳)です。16世紀後半に埋蔵されたと考えられるこの銭貨は、この地域を支配する有力者が埋蔵したものでしょう。

  • 熊川地区出土銭 熊川地区出土銭 くまがわちくしゅつどせん 大きい写真を見る

脇指 銘 武州住照重作

 戦国時代の福生は福生郷と呼ばれ、滝山城・八王子城主北条氏照の支配下にありました。この後北条氏の武器製作集団が「下原鍛冶」と呼ばれる刀工たちでした。現在の八王子市横川地区で刀剣を製作した刀工の照重は、北条氏照の「照」をもらったといわれています。この脇指は、二代目照重が天正頃製作したものです。
(写真撮影:スタジオカナメ・要史康)

  • 脇指 銘 武州住照重作
    脇指 銘 武州住照重作
    熊川地区出土銭
    脇指 銘 武州住照重作 わきざし めい ぶしゅうじゅうてるしげさく 大きい写真を見る