福生の人物

田村十兵衛(たむらじゅうべえ) −近代福生の開発に尽力−

 田村十兵衛は文化14年(1817)、上川原村(昭島市)の指田家に生まれ、天保9年(1838)に福生村の名主田村家の養子となりました。

 十兵衛は田村家の家業である酒造業の拡大、向上をはかり経営者としての手腕を発揮すると同時に、「友甫」という俳号を持つ俳諧の宗匠としても活躍しました。

 慶応3年(1867)、十兵衛は飲料用として徳川幕府より玉川上水からの分水許可を得ます。これが田村分水です。そして明治8年(1875)、東京府より水量の増水が許可されたことで現在の形を完成させました。田村分水の水流は、高低差を活かして水車の動力源となり、また灌漑用水として現在の田園地区に拡がっていた田んぼに安定して水の供給を行ない、近代福生の発展を支えました。玉川上水からの分水が許可されてから140年を経た現在も、北田園にのこる田んぼの水面を潤しています。

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