福生の人物

横田穂之助(よこたほのすけ) −福生の八王子千人同心−

 八王子千人同心は、関東に入国してきた徳川家康が、甲州武田氏の旧臣を中心として浪人を集めてつくった郷士の集団です。総員は約1000名で、八王子やその周辺に住んでいました。はじめ国境の警護などの軍役を勤めましたが、次第に将軍の上洛や日光参詣のお供、日光東照宮の火番が主要な任務になりました。

 福生市域に住んでいた千人同心は三家あり、横田穂之助もその一人です。穂之助は江戸で医学を勉強し、福生村で医業を営む医師でもありました。文化11年(1814)、24歳で初めて勤番につき、文久3年(1863)の将軍家茂上洛のときには、鉄砲方四番小隊組頭として警護にあたりました。そして上洛中の出来事を「御上洛御供中日記」と題した日記に書き記しています。道中での出来事のほかに、京都見物や寺社参詣などの様子を記したこの日記は、現在福生市登録有形文化財となっています。

  • 横田穂之助横田穂之助 大きい写真を見る