福生の人物

大田蜀山人(おおたしょくさんじん) −福生・熊川を訪れた江戸時代の狂歌師−

 大田蜀山人は江戸時代中ごろに狂歌師・戯作師として活躍した人物です。また別号を南畝といい、幕府支配勘定方の役人でもありました。

 文化6年(1809)、蜀山人は玉川(多摩川)の水防巡視の際に福生村と熊川村を訪れています。このとき熊川村の名主幸蔵の家に戦国大名北条氏の古文書があると聞き、村人に幸蔵の家の場所を尋ねて訪問しましたが、あいにく畑に出かけていて留守でした。するとその晩、蜀山人が宿泊していた拝島村の宿に幸蔵が古文書を持ってきてくれ、見ることができたのです。このエピソードは蜀山人がかいた「調布日記」に記されています。

 古文書を見せてもらったお礼に、蜀山人は「熊川村看北条氏令」と題した漢詩を書き、幸蔵に贈りました。この北条氏の古文書と蜀山人の漢詩は、現在も幸蔵の子孫である熊川の旧家に伝えられており、ともに福生市有形文化財として指定されています。

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