福生の人物

長塩正家(ながしおまさいえ) −鍋ヶ谷戸を知行した旗本長塩氏−

 熊川にある福生院は室町時代の応永18年(1411)に創建されたと伝えられる寺院です。この福生院の墓地に小さな五輪塔がひっそりと建っています。この五輪塔は長塩氏の墓塔で、福生市の史跡に指定されています。

 戦国時代の長塩氏は甲州の武田信玄・勝頼親子に仕えていましたが、天正10年(1582)、武田氏滅亡後は徳川家康の家臣となりました。長塩氏の三代目である正家は徳川家康・秀忠親子に仕え、江戸市中や江戸城を警備する大番をつとめました。寛永10年(1633)、正家には熊川を含む200石の知行地が加えられ、550石を知行することとなりました。熊川の知行地は現在の鍋ヶ谷戸地区にあたります。

 万治元年(1658)11月4日、長塩正家は60歳でこの世を去り、福生院に葬られました。正家が知行した熊川の鍋ヶ谷戸地区は、江戸時代を通じて正家の子孫が代々知行し、この体制が明治元年(1868)まで続いていきます。

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