福生の人物

野嶋兵庫(のじまひょうご) −熊川の開発者伝説−

 福生市の指定文化財「野島家所蔵文書」の中に『神光仏言夢物語』という古文書があります。この古文書は江戸時代の安永2年(1773)に福生村の沢応という人物が記したものを、慶応2年(1866)に書き写したもので、福生の村の成立についての記載がある貴重な資料です。

 この古文書の中で熊川村は野嶋兵庫が開発したと書かれています。野嶋兵庫の名は戦国時代の資料でも確認されており、あきる野市の大悲願寺にある天正19年(1591)に寄進された弘法大師木造には、「材木施主 福生村野島兵庫輔」と銘があります。また熊川神社にある慶長2年(1597)銘の棟札には、筆頭に「野嶋兵庫助」と記されています。姓や名の漢字表記に違いはありますが、この3点の資料に登場する野嶋兵庫は同一人物と考えられます。戦国時代に実在した、熊川にゆかりのある人物だったのでしょう。

 現在熊川地区に野島姓が多いのも、野嶋兵庫に何か関わりがあるのかもしれません。

  • 熊川神社棟札 部分熊川神社棟札 部分 大きい写真を見る