福生の俳諧

榎本星布

榎本星布 発句自画賛 幅

 榎本星布は、享保十七年(1732)に八王子で誕生した女流俳人です。はじめ白井鳥酔に入門し、鳥酔死後は同門の加舎白雄から俳諧の指導を受けました。そして天明八年(1788)、松尾芭蕉の流れを組む「松原庵」を継ぎました。この書には星布の肉筆の俳句と蘭の絵が描かれています。

「浜風や匂いを探る暁の蘭 松はら庵星布八十一」

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榎本星布 発句短冊

 榎本星布の後久しく途絶えていた松原庵の嗣号は、福生出身の森田友昇が継承しました。星布は文化十一年(1814)、83歳でこの世を去りました。そしてその墓は現在八王子の大義寺にあり、東京都の旧跡に指定されています。

「むさし野ヽ月にうかれて行も野中かへるも月の野中かな 星布」

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榎本星布 杏花園 発句画賛 幅

 星布と大田南畝の合作で、星布の句に南畝の萩の絵が描かれています。杏花園とは南畝の別号でまたの名を蜀山人ともいいます。南畝は江戸時代中期の人で、狂歌師・戯作師としても有名です。幕府の勘定方役人として玉川水防巡視を行ない、熊川村にも訪れた福生ゆかりの人物です。

「みやき野の秋も見よとや萩の花 松はら庵星布」

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    きょうかえん ほっくがさん ふく
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